ジルコン

公安Q課 ファンコンテンツ

BとTのCP30題

02 チョコレートブラウン

 ──警視庁警察学校での評価は、一般教養七、法律知識八、実務知識八、体育・術科七。射撃の腕に少々難点が残るも、全体評価としては中の上。警察学校を卒業後はS署地域課へ配属、程のなく頭角を現し、刑事講習を受けるための署長の推薦を配属二年目にして勝ち得る。そしてN署刑事課に配属。そこでも難事件を立て続けに四件解決に導き、三年前、本庁刑事部に配属。
「ノンキャリ実力派、ってやつか」
 バトーは目をすがめながら、遠張りの対象を注意深く見守る。その視界の隅には、先ほどボーマから送られてきた対象の経歴が広げられていた。
 ──身長、一七八・五センチ。体重、五九キロ。電脳化以外、義体化率ゼロ。
「よくもまあ、義体化を迫られるような怪我もせず、幸運なことで」
 ──西暦二〇〇〇年生まれの二九歳。家族構成は妻と娘が一人。新浜東部のベッドタウンのマンションに居を構えている。
「絵に描いたような幸せ家族ってか? ふやけた顔にもならぁなぁ」
 本庁の刑事にしては柔らかな顔つきの対象にブツブツとケチを付けながら、それでもバトーは律儀に行動確認を続けていた。
 比較的大きなのみの市の人混みに見え隠れする対象をビルの屋上から遠張りするのは、バトーにとって難しいことではない。
 バトーの眼窩にはレンジャー時代の遺産でもある義眼が、眼球の代わりに鎮座していた。九課の予算でさらに高性能の──一般人には到底手が出せないような──義眼に換装しているため、追跡されているなどと露ほど思っていない対象を見失う方が至難の業である。
 これを普段は便利に使っていたバトーだったが、この日ばかりは義眼の性能を恨めしく思っていた。
「見失えたら楽なんだけどなぁ」
 人の流れを泳ぐように掻き分けふらふら進む対象を見やりながら、バトーは重い息を吐く。
 正直なところ、バトーはこの任務を放棄したくてしようがなかった。元々バトーは静的な任務より動的な任務を得意としている。地道に証拠集めをすることよりも、テロリストとドンパチやっている方が自分の能力を活かせること知っていた。身を潜めて対象に張り付くよりも、新浜中を歩き回って聞き込み調査する方が九課に貢献することも知っている。
 だが今やっていることは、バトーの中で一番苦手とする行確だ。おまけに今、九課が追いかけている事件と直接、関係があるわけでもない。はっきり言えば、対象を追いかけたところで何か徳になることは、自分にとっても九課にとっても一つもないのである。
「あーあ。何考えているんだ、少佐はよ」
 一人ごちて、バトーは三日前の出来事を思い出していた。
 
 事の発端は、新浜と本州を繋ぐ新浜大橋からそう遠くはない、神戸の湾岸にある第六再開発地区でのことだった。
 訓練校の教官を押しつけられたバトーは、自分を対象にした尾行訓練を行っていた。スタート地点である新浜の市民病院を出発したのが、午前十時。昼を過ぎた辺りで十四組いた訓練生が六組に減っていた。それから市街をぐるりと一周して大橋を渡り、第六再開発地区へやってきた時には、尾行に成功した組が一つも残っていなかったのだ。
 追跡者の有無の最終確認のため、ビルの瓦礫に囲まれた空間へ身を潜めたバトーは、そこで無惨にバラされたアンドロイドを見つける。
 特に目を惹く人形ではない。二つほど型落ちしたガイノイドで、性能はまあまあ、評判もまあまあという、初心者にはとりあえず勧めることができるといった代物だった。
「先客がいたのか」
 何気なくぼそりとつぶやいたバトーは、つま先で四肢のない胴をひっくり返す。ざっと見た感じではあるが、状態からして数日は放っておかれたモノだ。
「保存はよくないが、一応調べさせるか」
 九課が現在追いかけている事件につながるかもしれない。思ってもみなかった拾いものだと、鑑識を呼びつけるために本部のオペレーターへ電通をつなげようとした時だった。
 人の気配に、バトーはうつむけた顔をわずかに上げた。相手に顔を見せないように、しかしこちらから確認するため、肩越しに相手をのぞき見る。
 訓練生なら、気配を消したバトーを探し当てたことを誉めてやろうと思っていた。しかし、バトーの期待はすぐに無駄な物となりはてる。
「おい」
 見たことのない顔が、バトーにそう呼びかけた。
 少々よれてはいるが清潔そうなスーツは、この男がこの地区の住人でないことを雄弁に物語っている。
 では、誰だ。一般人が来るような場所ではない。偶然にも、闇取引に遭遇してしまったのか……?
「アンタ……」
 相手が言い終わる前に、バトーは人工筋肉を充分に駆使して空中に飛び上がっていた。体が放物線の頂点へ到達する前に、ガラスが割れただの黒い穴となっているビルの窓縁に片手をかけ、その穴の中へ体を放り込む。
 受け身を取って起きあがりざま腰のホルダーからブラウニングを抜き、足音を消し奥の廊下へと走り出た。そこで、追跡者を待ちかまえる。
 十秒。
 二十秒。
 三十秒。
 ……。
 追いかけてくる気配は、無い。
 バトーがそっと窓から下をのぞき見ると、男はアンドロイドの部品を持ち上げたりひっくり返したりしている。
(何故、追いかけて来ない? ただのジャンク屋か?)
 その問いをバトーはすぐに打ち消した。ジャンク屋とは雰囲気がまったく違う。もっとまともな、カタギの職業の持ち主だろうと思われた。しかし、そんな人間が再開発地区に用があるとも思えない。
 長い間部品を観察していた男は、突然立ち上がった。男を監視していたバトーは慌てて影に身を隠す。
 何か執着がありそうな感じでガラクタを観察していたにも関わらず、男はやけにあっさりとその場を立ち去った。
 バトーが気づかれないように後を追いかけると、男の行く先に車が待ちかまえており、それに自ら乗り込んだ。
 その車のナンバーを照会したバトーは数秒後、なんだ、と拍子抜けの息を吐くことになる。
 近くで起こった殺人事件の捜査をしに来ていた、本庁の覆面パトカーだったのだ。
 バトーは車を見送りながら、そっと息を吐いた。
「カタギっちゃあカタギだが、ある意味タチが悪すぎるぜ」
 
 結局のところ、そのガラクタは『当たり』だった。しかしながら想像どおり、証拠も何も残ってはいなかったのだが。
 翌日、訓練校での報告のついでに、再開発地区での顛末を草薙に語ったところ、
「じゃあその男、行確して」
 そう命じられ、バトーは本庁の刑事に張り付く羽目になったのだった。
「無害に決まってるじゃねーか。あんなヒヨコ頭」
 顔同様、甘そうな茶色の髪をフワフワ揺らす対象──トグサという名の刑事──を見やりながら、バトーは本日、二十回目の溜め息を漏らした。
― 続 ―
前頁  | BとTのCP30題 |  後頁
 
zilcon  - Copyright (c) Koh Hirota Since 2002
No reproduction or republication without written permission.
All fan-fiction is not to be used without permission by the author.