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BとTのCP30題

11 マッチョ (1)

「ほほぅ、これが彼の戦利品か。さすが、少佐のメガネにかなった者だけはあるねぇ」
 公安九課お抱えの鑑識課に所属するシノズカは、バトーが差し出した袋入りのメディアチップを、それを乗せた青いハンカチごと受け取った。
 病院でトグサからチップを受け取ったバトーは、ファイルボードを素子に渡した後、すぐに鑑識へ持ち込んだのである。トグサが発見者であることも含めて帰着前に電通で報告していたので、何も言わずともシノズカは知っていたのだ。
「偶然だよ。本当なら先に筐体を見つけた俺の手柄だったんだ。後からきたあいつが抜け駆けしただけさ。おかげで、狙ってたボーナス査定がパアだ」
「わしには抜け駆けと言うより、先駆けの功名に思えるよ?」
 両手をぱっと広げて見せたバトーがそれほど苦々しく思ってはいないと見て取ったシノズカは、のんびりと言葉を継ぐ。そして荒巻とよく似た広さを持つ額をつるりと撫でると、脇に置いていた眼鏡をかけた。メディアチップをピンセットでつまみ上げ、用心深く検視を開始する。
「よくあるチップだが、容量も製造番号も無いね。最初からプリントされてないんだな、削り取ったわけでもなさそうだ。でもまあ、汎用ドライブでどうにかなるか。端子は……うん、これぐらいなら洗浄で問題ないだろう」
 サイズが大きいのか鼻からずり落ちる眼鏡を頻繁にかけ直しながら、シノズカは独り言に何度も頷き、観察を続ける。本当ならば眼鏡など必要ない義眼の持ち主なのだが、レンズなどはまっていないこのアイテムが無いと、『見た』気分にならないのらしい。
「どうだい、シノさん?」
「うん。外見だけ見れば何とかなりそうだ。一番の問題は中身だね。いいネタ入っているといいけれど。今まで収容した筐体に残ってたスロット数からすると、高速化のために複数のチップを使用して、ストライピングでデータを記録してるはずだ。何かデータが残っていたとしても、ごく一部だろう。暗号化されていたら、解読はかなり手こずりそうだね」
「それは俺の仕事じゃねぇし。なぁ、マツイ」
 休憩から丁度戻ってきたマツイを、バトーは笑顔で振り返る。そのお返しとばかりに、マツイは苦虫を十匹ばかり噛み潰したような表情を見せた。
「なんだ、また面倒事か?」
「仕事だよ、オ・シ・ゴ・ト。アイツらから解放されたいって、この間言っていたじゃないか。丁度良いネタだろう?」
「そりゃ言ったがね。そろそろ休暇を申請したいんだよ。だからやっかい事はお断りしたいんだ、正直なところ」
「やっかい事じゃねぇよ。たぶん、ちょっとばかり手間がかかるだけで」
「それを、やっかい事とは言わないのか」
 肩をすくめたマツイは、シノズカの手の中の物に興味を移す。初見報告をシノズカが始めたのでバトーは退室しようとすると、マツイに呼び止められた。
「バトー」
「あん?」
「忘れ物」
 マツイがつまみ上げたのは、メディアチップを包んでいた青いハンカチだった。
「必要なのはチップだけで、これは関係ないんだろう? だったらアンタで返しておいてくれ」
 そのセリフに、バトーは思い切り眉をひそめて弱り切った表情を見せる。
「面倒臭ぇ。そっちで返しておいてくれよ」
「だから、こっちは忙しいんだって。相棒なんだろう? 大人しく引き取りなって」
 マツイが投げて寄越したハンカチを、バトーは力なく受け取る。それを上着のポケットに突っ込むと、背中を丸めて鑑識課を後にしたのだった。
■ ■ ■

 またも自宅へ戻ることなく、見たことのある黄色の車で病院から連れ去れた先は、新浜市の中心地にそびえ建つ、公安九課のオフィスを擁する高層ビルだった。まさかそんな所にこんなモノがあると思ってもみなかったトグサは、大いに一驚した。
 少し前までは噂でしか存在を知らなかった九課である。おおっぴらな存在でないとなれば、子ども向けテレビ番組の悪役の根城のように、ひっそりと構えているオフィスを想像していたのだ。
 様々な店子は全て九課の息がかかった企業で、ほとんどがダミーか隠れ蓑用の企業であるという説明にも、トグサは再度驚かされた。
 少なくとも一度は、聞き込み捜査でこのビルに足を踏み入れたことがあるからだ。
 当時の聞き込みも九課の手の平に乗っていたと思うと、トグサの気が滅入るのもしかたがない。だが、落ち込みかけた気持ちをトグサは何とか踏み留めた。
 今更、である。
 病院でバトーに聞かされた話で、十二分にやり切れない気持ちを味わった。これ以上は食あたりを起こしかねない。そうなる前に、慣れてしまうに限る。トグサはそう悟ったのである。
 ビルの地下駐車場から専用エレベーターに乗り、九課のエントランスへ一気に上る。エレベーターを降りた先のホールでパスワードを入力して課員として入室許可を得ると、そこから先が公安九課のオフィスだった。
「課長は今いないから、先に中を案内してやるよ」
 そう申し出たバトーに連れられて、トグサは施設内を案内されることになった。
 セルフサービスのコーヒーメーカーが設置された休憩室。通常より二回りは大きい、個人のロッカールーム。プール付きのトレーニングジム。弾数の制限が緩い射撃室に、古巣では絶対に見ることはなかった強力な重火器。
 さらには、たまにすれ違う女性オペレーターが、すでにトグサのことを知っている。税金で賄われているとは思えないほど充実した施設に加え、手回しの良さに驚くやへこむを通り越して、トグサはぽかんと口を開けてあっけにとられることしかできなかった。
 ブリーフィングルームには、同僚となる先輩三人が雑談していた。
 実際に口を動かしていたのは、バトー並みに長身で大柄だがスキンヘッドのボーマと、隻眼のサイトーの二人だけだ。残るパズは、無言でソファに深く体を沈めてコーヒーを口に運んでいる。このチンピラの風貌の男に、トグサは見覚えがあった。港湾部から本庁へ送ってくれた男だ。
 トグサは簡単に自己紹介をして、バトーとともに職場巡りのツアーを再開する。
 さらに階を移動したところで電通が入った。トグサの視界にひげ面のグラフィックが立ち上がる。通信にはバトーにも送られているため、トグサの視界の隅には、通信メンバーとしてバトーの名前が挙がっていた。
 イシカワと名乗った男は、悪いなとトグサへ先に謝ると、会話の相手をバトーへ変更する。
『また、オモチャが届いてるぞ』
「え、今日だったか? 後で取りに行くから置いておいてくれよ」
『今すぐ片付けないと、子ども部屋に放り込む』
 イシカワの口調からは楽しそうにいたぶる気配が漂い、バトーは心底困ったと眉間に深いしわを刻んだ。
「勘弁してくれよ。そんなことをしたら、俺が使う前にぼろぼろだ」
 厳しくしごいてくれていた元教官のそんな様に、トグサはなんだか嬉しくなる。
 九課に来なければ、こんな顔も見れなかったんだろうなと思うと、知らず緊張していた心が、ほっくりとほぐれた気がした。
 だからぽろりと、「取りに行ったら?」というセリフが出てきたのだ。
「そこでコーヒー飲んでるから」
 言って、トグサは行く手の少し先にある休憩室を指さす。それを確認したバトーは、ぱっと顔を輝かせた。
「悪いな。すぐに戻るから」
 そう言い残したバトーは、元来た道を駆け戻っていった。
「結構、ガキだなぁ」
 たった今、バトーが残していった満面の笑顔を思い出す。それは、幼い愛娘のそれによく似ていた。義眼は感情を表さないが、それを補って有り余るほどに、バトーの表情が豊かなのである。
 バトーの義眼に拘泥していたのがばからしく思えるほどだった。細部にこだわらずとも、バトーさえ見ていれば、何を考えているのか全てわかる気がしてきていた。
 そんなあけすけな様子が可愛いな、と思った自分に、トグサは苦笑を漏らす。
 間違っても、自分より年上の男に対して使う表現ではない。ましてや、娘に似ているなどと。
 どう考えても、娘に失礼ではないか。今だけでなく将来も、あんな筋肉ダルマに似るはずがない。
 心中で娘に詫びたトグサは、宣言どおり休憩室へ向かおうとしたが、足を止めた。
 廊下の先で、陽炎が揺らめいたからだ。
 最初は見間違いかと思ったが、目を凝らしていると、再び陽炎が揺れる。それも、ゆっくりと後退しているようにも見えた。
 一歩近づくと、それ以上に遠のく。
 二歩近づくと、陽炎は脱兎のごとく逃げ出した。考える間も無く、トグサはそれを追いかけていた。悲しい性としか言いようがない。
 だが、その追跡劇は瞬く間に終了した。
 角を曲がって二三十メートルも行った突き当たりの部屋へ、陽炎は飛び込む。もちろん、トグサもそれに続く。
 そこに待ち受けていたのは、敵でも罠でもなかった。
 球状の体に四本の足と一対のアームを持った青い固まりが八つ、待ちかまえる事無く、がしょがしょとトグサを取り囲んむ。おかげでトグサは、その部屋へ数歩だけ足を踏み入れただけで、他を観察する暇がなかった。
「おおっ、やっとトグサくんの登場だ!」
「待ってたよ~」
「光学迷彩を見抜くなんて、早速やってくれるよね~」
「あれはタイミングが悪かっただけなんだよ!」
「タイミングなんて曖昧な言葉を使うなよ。失敗と認めるべきだぞ!」
「失敗じゃ無ければ、ただのバグ持ちでラボ送りだ!」
「失敗だったら、バグ持ちでラボ送りだ!」
「光学迷彩の調子が悪いとか言い始めたら、調整の為にラボ送りだ!」
「おいお前ら! いい加減にしろ!」
 奥から飛んできた怒号に会話を止めた青い物体たちは、一斉にそちらへ向きを変えた。その方向には、赤い制服を着た男が二人、何本ものコードを体に取り付けた青い物体の一つの周りで忙しそうに動き回っている。怒声を発したのは、そのうちのひとり、黒い肌の体格が良い男だった。
「だって暇なんだよ」
「いつもの調整なのに、すごく時間かかってるし」
「僕たち、暇なんだよね」
「だから、ほんのちょっと、トグサくんの様子を見に行って、それを見守ってただけだもん」
「だって、ねぇ。気になるじゃない」
「僕たちの後輩だよ?」
「先輩は若輩者を見守る義務があるじゃないか」
「それを実行に移してただけなんだよ」
「「「「「「「「ねーーーーーーー」」」」」」」」」
 がしょ、と体を一斉に傾けたのは、人間で言えば可愛らしく首をかしげた仕草だとトグサは思い至る。だが、この相対している『モノ』たちについての情報は、何も思い浮かばなかった。
「ええと、お前たち……なに?」
「僕らはタチコマ!」
「トグサくんの先輩だぞ」
「ちょーうるとらすーぱーAI搭載のスゴイヤツ!」
「スゴイヤツだなんて、また曖昧な言葉を使ってる」
「やっぱりバグ持ちなんだ」
「ラボ送りだ、ラボ送り~」
「えんがちょだ、えんがちょ~」
「ネットえんがちょして、共有してやらないぞ~!」
 トグサを取り囲んだままのタチコマたちは、わいわいがやがやと、好き勝手に話し込んでいる。
 その様を観察するトグサは、脳裏の隅に引っかかった疑問を解消しようと、静かに頭をひねる。
 気になるキーワードでネットに検索をかけてみると、ほどなくその正体が判明した。

― 続 ―
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