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リップ

 少し呆れたように名を呼ばれ、トグサは報告書づくりを中断しモニターから顔を上げた。
 つい先ほどまでつまらなそうに一人遊びをしていたバトーはトグサの横の席に腰を下ろし、先ほどの声と同じように少し呆れた顔でトグサをじっと見つめている。
「なに、ダンナ?」
「唇なめるの、止めたら?」
 トグサは一瞬だけ息を止める。そんなところを見つめられていたのかと思うと、じんわりと熱が顔に広がっていったからだ。
 それを隠すように、トグサは視線をモニターに慌てて戻した。
「し、仕方がないんだよ。唇が荒れて、気になるんだ」
「なんだ、パズやイシカワも誘ってるのかと思って……」
「誰が誘うか!」
 更に真っ赤になって怒鳴るとトグサは視線をモニターに戻したが、バトーの次の言葉でまたも視線を返すことになった。
「ま、それは置いておいて、だ。唇なめるともっと酷くなるぞ? 唾液の消化酵素にやられて」
「え、そうなんだ?」
「そうなんだよ。生身なんだから、もっと自分の体に気をつかえ」
「わかってるよ、そんなこと」
 知らずトグサは唇を尖らせ、三度視線を反らした。先日、無鉄砲に突っ走ってバトーに怒鳴られたばかりだったことが脳裏によみがえったからでもある。この時のことをまだつつかれていると思ったのだ。
「すねるなよ」
「すねてないよ」
「じゃあ、こっち向けよ」
 言われ、しぶしぶ言うとおりにすると、バトーはもどかしげに椅子ごとトグサを引き寄せた。
「手間かけさせんなよ」
「ダン……んっ」
 抵抗する間もなく、トグサの唇はバトーに奪われていた。ひやりとした肉厚の舌が、トグサの唇をなぞる。
「ん、ふぅっ」
 仮にもここは九課本部内だ。いつ誰がこの部屋に入ってきてもおかしくはない。それを恐れ抵抗するも、頭と背中にがっちり腕をまわされては、トグサが抵抗できるはずもなかった。
「ダン、ナ、やめ……っ」
 やっとその一言を絞り出すと、バトーは薄い唇でトグサのそれを数回ついばみ、それからやっとトグサを開放した。
「やめろよ、こんなところで!」
「唇、なめてやっただけだろ」
「なめるって、ダンナがなめても俺がなめても一緒だろ」
「残念。俺に消化酵素はないんだな」
「──あ、そうか」
 つい一瞬前の怒りをもう手放して、トグサは得心顔で頷く。それに満足したのか、バトーはトグサの髪をかき回すように撫でた。
「今度からワセリンしこんでおいてやるよ。唇が荒れた時はいつでもキスしてやるからな」
「そんなことしなくていいよ。自分でリップぐらい持つから」
「今持てないヤツが何言ってるんだ。遠慮するなって。俺がしっかり持っていれば、いつでも下の口にも使えるん……」
「わーっ、わーっ、わーっ! 何言ってるんだ、バカヤロウ!」
 言い終わるよりも早く、トグサは真っ赤な顔でバトーの口を手で塞いだのだった。
― 了 ―
 
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