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BとTのCP30題

11 マッチョ (2)

「クマムシだ」
 独り言に近いつぶやきを、タチコマたちは聞き逃さなかった。一斉にトグサを注視する。
「なになに、何がクマムシなの?」
「いや、お前たちがさ、この間テレビで見たクマムシそっくりだと思……」
「えええーーーーーっ、僕たちがこんな虫にそっくり?!」
「僕たち、こんなに矮小な生き物じゃ無いよ!」
「もしかしてクマナマコと勘違いしてるんじゃない?」
「いやいやいや、センジュナマコかもしれない」
「それでも、いくら何でもナマコじゃねぇ」
「せめて超能力を持った蜘蛛男みたいぐらい言えないかなぁ」
「でもさ、クマムシって結構スゴイよ。条件が良かったらドンナ過酷な環境も耐えるから、有能な僕たちにぴったりじゃないかな」
「いいとこ取りのスーパーイダーマンってかんじ?」
「何それ。ネーミングセンス悪い」
「これだからバグ持ちは……」
「お前、コーヒー飲んでたんじゃねぇの?」
 喧々囂々のタチコマに囲まれたまま置き去りにされたトグサが、密かに吐息をこぼしかけたときだった。
 両手に段ボール箱を抱えたバトーがこぼした苦笑い混じりの声に、トグサはそちらへ振り返る。
「あ、だんなだ!」
「バトーのだんなぁ!」
「だんなお帰りぃ!」
「教官! こいつらな……あっ!」
 ペットが飼い主に甘える雰囲気をにじませたタチコマたちがバトーの名を呼んだその直後、トグサの後頭部に重い衝撃が走り、視界が暗転した。
■ ■ ■
 意識を夢に漂わせたまま、トグサは覚醒した。
 前にもこんな感じの事があったなと考え、目をつぶったまま、直近の記憶をたどる。
 タチコマに囲まれていたとき、バトーが現れた。そちらに気を取られた時に後頭部に衝撃を受け……その後の記憶が、無い。
 そこまで思い出すと、待っていましたとばかりに、トグサの後頭部がずきずきと痛み始める。
 あの時、タチコマたちは現れたバトーに気を取られ、それはトグサも同様だった。その時に誤って、タチコマのアームか何かが後頭部に直撃したのだろうと、トグサは予想する。
 体の向きはうつ伏せの姿勢である。頬に当たるさらりとした感触は、どうやらシーツのものらしい。ぽかぽかと体が温かいのは、毛布か何かが掛けられているせいか。
 そうなると、誰かが救護室かどこかに運んでくれたということである。
 後頭部に手を伸ばすと、タオルに包まれた保冷剤が乗っていた。その下の頭部を触ると、やはり低く響くような痛みがあり、腫れているのが判る。
 トグサがそろりとまぶたを開くと、明るい室内が目に飛び込んできた。
 薬瓶や医療用具とおぼしきモノが並べられた棚から、やはり救護室にトグサは運ばれていたようである。ただ、独特の消毒液のにおいがしなかったので、本当に救護室なのかどうかは確信できなかった。
 保冷剤を取り、腕の力で体をゆっくり持ち上げる。数回首を振るが、おかしな感覚は無い。
「おう、気がついたか?」
 声をかけられた方をトグサが見やると、背もたれを抱えるように腰を下ろしていた事務椅子から、バトーが立ち上がったところだった。
「おかげさまで。俺、どれぐらい寝てた?」
「一時間も経ってない。気分はどうだ? タンコブだけだと思うが、他におかしいところは?」
「特には」
「本当か?」
 バトーは返事を確かめようと、トグサの髪に両手の指を差し入れた。そして無骨な指先でトグサの頭皮をさぐる。その感触が、トグサの全身の肌を泡立たせた。気色悪いわけではない。逆に心地よさを感じたが、すぐにバトーの指はトグサから離れていったため、その感覚は瞬く間に消え失せた。
「まあ、大丈夫だろう。でも、念のために病院で検査だな」
「半日と経たず、病院に逆戻りか」
 決まり悪そうに笑うトグサを眺めるバトーは、小さくうなるように頷いた。
「お前さ、足りないんだよ」
「足りないって、何が?」
「頑丈さに決まってるだろうが」
 何を今更とばかりに、バトーはあっけにとられるトグサを軽くすがめた。
「それなりに鍛えてるのは訓練で見てたから判るが、やっぱりアイツらをあしらうぐらいの体は欲しいよなぁ」
「あいつらって……さっきのタチコマ? アレ、何?」
「AI搭載の思考戦車。そのうち、お前も乗るだろうな」
「で、そんなタチコマをあしらうために義体化しろって?」
「イイ医者、紹介するぞ?」
 トグサに義体化の意志がないことを判っているからこそ、バトーは冗談めかして口角を上げて笑った。
「でもまあ、義体化はせずとも、それなりに鍛えようとは思うようになるだろうよ」
「もちろん、そのつもりではいるよ。でも、さすがに生身だと、教官ほどは……」
「ちょっと待った」
 言葉を遮ったバトーの次のセリフを、トグサは少しだけ憂鬱な気持ちで待ちかまえる。「四の五の言わずに鍛えればいい」と同じ意味の説教をされると思ったからだ。
 しかしバトーは、トグサの予想を裏切った事を口にした。
「お前、いつまで俺のことを教官って呼ぶつもりだ?」
 そんな指摘に、完全なる不意打ちをくらったトグサは軽く目を見張った。
「ああ、そうか。そうだな。もう、教官じゃないもんな」
 トグサは俯くように首をかしげたが、すぐにバトーを見上げた。
「なんて呼べばいい?」
「名前で呼べよ」
「バトーさん?」
「よせ、ケツがむずがゆくなる。呼び捨てでいいだろう?」
「教官からいきなりそれは、ちょっとなぁ」
「偉大なる先輩様でも構わんぞ」
 それも嫌だと拒否したトグサは、口をへの字に曲げて腕を組む。
 教官はダメ、バトーは嫌だ。先輩様は考えるまでもなく却下。そうなると先輩も避けたくなっていた。
 ならば、何なら双方ともに納得できるだろうか……。
 苦慮の海に沈みかけたトグサだったが、どっぷり浸かることなかった。すぐにトグサは顔を上げる。
「ダンナ!」
「ダンナぁ?」
 面食らうバトーに、トグサは満面の笑みを向けた。
「タチコマたちが言ってただろう? だから俺もそうするよ」
「言ってたって、なぁ。アイツらのアレはこないだ見た時代劇をまねて、自分らを岡っ引きに見立ててるんだ。一時的なもんだから、すぐに飽きるぞ」
「それでもいいよ。その頃には呼び捨てでも先輩様でも、呼べるようになってるかもしれない。それに、タチコマの好きにさせてるんだから、気に入らないわけじゃないんだろう、この呼び方」
「まあ、な」
「だったら男らしく、潔く受け入れたらいいだろう?」
 気に入っているわけでもないのだが、バトーは反論を口にしなかった。何を言っても、トグサは決定事項を覆しそうにないだろうとの予想したからである。
 見上げてくるトグサがニッと笑いかけるのと、イシカワからの電通がバトーに届いたのとは、ほぼ同時だった。今度は耳打ちモードなので、イシカワの声はバトーにしか聞こえていない。
『あれだけ反対しておいたくせに、楽しそうじゃないか。なあ、ダ・ン・ナ』
 心底楽しそうな声は、他人をからかうときのイシカワのクセだ。だから反応すれば、さらにからかわれるとわかっていても、バトーば憮然と答えるしかなかった。
『俺は、コイツの入隊を反対してた訳じゃねぇ』
『そうだったな。選択肢の考慮として、デメリットを並べてただけだったな』
『何度も同じ事を繰り返すなよ。それだけの用なら切るぞ』
『待て待て、んなワケあるか。中央病院にねじ込んでおいたからな』
『りょーかい』
 それだけ言うと、あっさりとイシカワは電通を切った。そんなに簡単に済むなら、それだけ言えばいいのに。これだから年寄りは、とバトーは心中で毒づく。
「──ダンナ?」
 訝しげに顔をのぞき込むトグサに、バトーは笑ってみせた。
「イシカワから電通。精密検査やってくれる病院が見つかったから、脳波見てもらえとよ」
「やっぱり病院送りかぁ」
「嫌なら鍛えろ」
「善処します」
 笑って答えたトグサがしっかりと立ち上がるのを、バトーは口の端を上げて見守るに留めた。手を貸しそうになる心を抑えて。
― 続 ―
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