「西脇か」
「──また、仕事しているんですか?」
あきれた様子の口調。毎日俺が仕事をしているところを見ているんだ。なにもそこまで、あきれることも無かろうに。
「暇なんだよ」
だから仕事をする。何が悪いんだか。
ただ単に、バイクですっ転んで足を痛めただけだ。指も頭も動くのだから仕事するのは当然。
今の日本には、腐るほどテロリストが転がっている。それを全て潰していくには、休んでなんかいられない。
西脇、お前のためにもな。
だいたい、お前も毎日見舞いに来なくてもいいんだ。お前こそ、仕事明けやオフの時は休んでいればいいのに。
いや、もしかしてこれも仕事か? 氏木のヤツ、西脇に監視でも頼みやがったのかもしれない。俺が病院を脱走すると思って。
そりゃまあ、パソコン持ってこなかったら無理矢理にでも退院すると脅している前科がある。何かやっかいなコトが起これば抜け出すだろうことは、充分に予想済みなのだろう。実際、氏木たちだけではどうにもならないことが起これば、抜け出すつもりなのだし。
「リンゴ、食べますか?」
「おう。切ってくれ」
ちょうど小腹が空いていたところだ。昼食は先ほど食べたが、病院食は味気なくて食べた気がしない。それをわかっているのか、西脇は毎日、少量ずつだが何かしら差し入れを持ってきてくれる。
「ウサギさんがいいです?」
ベッド脇に陣取り、ナイフやら皿を取り出す西脇がイタズラっぽく尋ねる。
いい年をした中年に何を訊くんだか。
「──全部きれいに剥いてくれ」
「可愛いですよ?」
「いや、そんなことはいい……」
西脇はくすくすと笑いながら、手際よくリンゴを切り分ける。
その間に俺は、ちょっとした確認のつもりで立ち上げたメッセンジャーソフトで、かなり濃い内容の話をし始めてしまっていた。
この会話の相手も俺と同じで、捕まえたいときに捕まえられない相手だ。話せるときに話しておかないと後が困る。
「剥きましたよ」
「今、手が離せん」
やれやれ、と小さく肩をすくめた西脇は、リンゴをさらに切り分け、小さな固まりを俺の口に放り込んでくれた。
「ん、美味いな、これ」
チャットに夢中になっていた俺は、西脇が運んでくれるだけ、リンゴを味わう。
そして打合せが一段落したところで、リンゴを全て俺一人で平らげてしまったことに気が付いた。
「お前の分まで食っちまったな」
「いいですよ。お見舞いに持ってきたんだから」
「でもなぁ……ああ、そうだ」
俺は西脇の腕をとり、強引に引き寄せる。
「ちょっと、内藤さ……んっ」
舐めるように、西脇の唇の隙間に舌を滑り込ませる。
すぐに離れると、西脇は自分の唇を舐めた。
「どうだ?」
「──甘い」
予想通り、西脇は眉間にシワを寄せる。
「それが美味いっていうんだ」
「俺は味あわなくてもいいんです」
椅子に腰掛けなおした西脇は、いつもと変わらず平然と、剥いた皮を入れたビニール袋の口を縛る。そして使った皿などをもって立ち上がった。
「洗ってきますね」
「おう」
部屋を出て行く西脇を見送ってから、俺は小さく舌打ちをした。
「少しは恥じらってみせろよ」
思い通りに動かないところが、西脇だ。
だが、それも一つの、俺に対する反応。
「こんなものか」
思い直すと、俺は再びパソコンに向かった。
― 了 ―