ジルコン

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アレ城
[01] ギフト
西やんと内藤さん
[03] コール
冠累
[02] 約束
その他
[06]料理☆爆弾
     
[04] Don't cry,my Blue.
             
[01] 認められない理由
   

その他

Don't cry,my Blue.

6
「マーティ!」
 建物を飛び出したところで腕を掴まれ、引きずられるように足を止める。私は抗ったが、本気でそうできるほどの気力がすでに無かった。
「放せ!」
 無言の城は有無を言わさず、議事堂の裏庭へ私を引きずっていく。
 そこは小さなビオトープが設置されていて、そばには所有者不明のベンチが備え付けられている。すぐ横に公道が走っているが植え込みで隠されおり、一般見学のコースから外れていることもあって、一部の隊員たちからは憩いの場として重宝されていた。しかし、昼間は外警の周回ぐらいしか訪れない、人気のない空間だ。
 城は私を、そのベンチへ無理矢理に座らせた。私の両肩を押さえつけつつ前に立ちはだかり、逃げだそうとするのを阻止している。
 さんざん抗った訳ではないのに腰掛けると途端に体中の力が抜け、立ち上がれなくなってしまった。
「──城、私を一人にさせてくれないか?」
 願いに、城は応えなかった。代わりに私の両肩から手をはずす。
 あの人は、と言いかけて止め、城はこう言い直した。
「アレクは、間抜けなようでしっかりしているように見えるけど、やっぱり間抜けなんだ」
 そこで一旦口を閉じる。私が何か言い出すのをほんの少しだけ待って、何も言わないのを確認すると、再び口を開く。
「クリスマス会を企画した時は短冊を用意するし、次の日が日勤の奴には酒をあまり勧めないのに自分は雰囲気に飲まれて飲み過ぎるし、それに……」
「知ってる」
 言ってから、私は自分の口元がほころんでいることに気がついた。
「知ってるよ、そんなこと。私の方が付き合い長いんだ。当然知ってる」
 しかし、知っているのはそれだけ。目に見える、表面だけのアレクしか、私は知らなかったのだ。
「でもね、それだけだったんだ。私にはアレクが見えていなかったし、アレクは私を、見てもいなかったんだよ」
 そう告げた私に、城は「大丈夫」とは言わなかった。ただただ、無言で私を見下ろしている──苦悶に満ちた顔で。
 無責任なことを言わない城は、たぶん、何かを知っているのだろう。だが、それも口にしない。
 ずいぶん長い沈黙の後、マーティ、と城が呼びかけた時だった。
 そう遠くはないところで、何かがズシンと爆ぜる音に、私たちは同時に反応した。反射的に駆け出そうとした私の腕を掴む城は、無線で中央を呼び出す。
 その少しの間に、第二、第三の爆発音が微かに地面を揺らす。それらは少しずつ、私たちの方へ向かっているように思えた。
「城?」
「マーティはそちら側をまわって、本館へ」
 そう言って私の背を押し、自分はフェンスによじ登ろうとフェンス前に立ちはだかる植え込みに飛び込んだ。
「何やってる?」
「犯人は車でこちら側に移動しながら、爆発物を投げ込んでる。だからマーティはあっちから本館へ」
「何言っている。それなら城も一緒に行くんだ。犯人は外の警官に任せろ。城も一緒に……」
「城!」
 唸るエンジン音とともに右手から車がフェンス向こうに現れたのと、フェンスそばでもみ合っていた私たちが引き離されるように引きずられ、その場から脱出させられたのは、ほぼ同時だった。
 私たちが建物の影に入ったと同時に、くぐもった音の爆発が起こる。頭を誰かの腕に抱え込まれるように守られていたから、はっきり聞こえなかったのだ。私の体は誰かに抱き包まれ、風も熱も感じなかった。
 ほどなく、体が引き離される。頭上からこぼれ落ちた声に弾かれて、私は相手を見上げた。
「篠井さん……」
 すでにインカムで指示を出している制服姿の篠井さんは、見上げる私に少しだけ細めた視線を落とす。指示を出し続ける篠井さんは指で行こう、とサインを出した。頷き、先を行く副隊長の後を追おうとし、おもむろに振り返る。
 そこには怒り顔の城と、彼を抱きとめるアレクの姿があった。私に気がついて腕をふりほどこうとする城を、アレクは頑なに放すまいとしている。
 視線を戻すと、篠井さんが心配そうにこちらを振り返っていた。
「行きましょう」
 絞り出すようにつぶやいて、篠井さんを追い越す。
 振り返ろうとする気など、もう二度と湧き起こらなかった。
■ ■ ■
 その時私は、一日中東京を引きずり回してくれた知人らを帰国のために空港へ送り届けた後のことで、疲労のため少々ぼんやりとしていた。帰路を間違えて、以前に仮住まいしていたマンションまであと数十メートルというところまで行ってしまったのだ。このために少々遠回りとなった帰り道を、気分転換の散歩代わりに一人、歩いていた。
 響く足音で、反対側の歩道を、私と同じ方向へ駆ける人物に気がつく。
(あれは……マーティ?)
 街灯があるとはいえ薄暗がりで、後ろ姿しか見えていない。それなのに私は、それがマーティだとわかったのだ。
 視線だけで追いかけると、マーティは寮へは右折すべき先のT字路で左折して行ってしまう。
 背中が見えなくなった瞬間、後を追いかけるために、私は走り出していた。
 理由はわからない。何かを考える前に、足が動き出していたのだ。
 私も追いかけて左折した時、マーティはまだ、私の視界の中に居た。しかし彼の俊足に、すぐ見失いそうだったため、私はその背中を必死で追いかける。
 追いかけながら私は、その理由を考えていた。
 ただ、後ろ姿を見ただけだ。それも、マーティであると確認したわけではない。ただの勘で走る私は、なぜこうしているのだろう、と。
 答えは、脳裏に広がる蒼天だった。
 私はもう、失いたくないのだ。澄み渡る青で居て欲しい。涙でにじませたくない。
 だから気になるのだ。地上から去ってしまった幼年兵と、同じ瞳を持つ者だから。今はもう煤に汚れた、ライナが愛した空と同じ色の瞳を持つ者だから。
 かつて慈しんだものを無視することができない。もう、気持ちの整理はついていたとしても。
 ほどなく、マーティは近くの公園へと駆け込んだ。そうして人気のないベンチに腰掛ける。それを見届けた私は、さあ、と改めて自問を開始する。
 追いかけてはみた。そして、どうする?
 プライベートタイムに上司に会いたいと思う部下は、そう居ないだろう。しかも、泣いている。上司とはさらに会いたくない状況なのは間違いない。
 だからこのまま帰ろうと誘う声が私の内にある。それとは逆に、やはり放ってはおけないという気持ちもある。
 マーティがギリギリ見える場所と、公園入口を往復しながら考え込んでいるときだった。
 アン!と、元気な鳴き声が私の足を止めた。入り口からそう離れていない歩道を走ってくる小さな影と、それを追いかけてくる大きな影が現れる。
「篠井……副隊長?」
 声をかけてきたのは城だった。ランニング中だったらしく、顔の汗を首に掛けたタオルでぬぐって近寄ってくる。
「いつものコースを外れて走り出すからどうしたのかと思ったんですが、副隊長のにおいを嗅ぎつけたんですね」
 城が目を細めて見落とす。私の足下では、ダグが踊るように飛び跳ねて私にまとわりついていた。
「今、お帰りですか?」
「そうなんですが……」
 言いよどみ、私は視線を公園の奥へ向ける。ここからは見えないがそちらには、まだ打ちひしがれているだろうマーティが居るはずだった。
「──そうだ」
 マーティと城は、少々難しい関係ではあるが、仲は良かったはずだったことを思い出す。こんな場合なら、パートナーとなって日の浅い上司より、何倍も適役であるはずだ。
「城、すまないが、ちょっと頼まれてくれないか」
 手短に事情を話すと、城は二つ返事で公園の奥へと向かっていく。
 マーティのことを頼んでしまえば、私にできる最善のことは、何もなかったことにして寮へ帰ることだけだった。
 マーティのことは気になったが、私にできるのはここまでなのだ。
 
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