ジルコン

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[02] 約束
その他
[06]料理☆爆弾
     
[04] Don't cry,my Blue.
             
[01] 認められない理由
   

その他

料理☆爆弾1 ~料理人の願い~

 午後二時を過ぎた食堂に人影は無い。
 同僚たちは食材の搬入で出て行ってしまっているので、ここにいるのは俺一人だけだ。一通りテーブルは拭き上げ、備え付けの調味料類も補充を終えている。できることと言えば、客を待つことぐらいしかない。
 ぼんやりと視線をさ迷わせていると、遅い昼休みをもらったらしい隊員たちの姿が入り口の向こうに見えた。俺は背筋を伸ばし、彼らを出迎える。
「お疲れ様」
「高倉さん、今日のランチなに?」
「豚肉のチーズ巻きとサーモンのフリットだ」
「じゃあそれ。ご飯大盛りね」
「オレも同じで」
「以下同文で」
「変な言い方するなよな」
「いいじゃん、少しぐらい」
 隊員たちはじゃれ合いながらも各々のトレイを手に、さっさとテーブルへと向かってしまう。
「暇だ……」
 隊員らに聞こえないように呟いた。
 誰も立ち話をしていってくれない。まあ、当然と言えば当然だ。隊員たちは腹を減らせてやって来る。ここで世間話をして短い休憩時間を減らすより、早く胃に食い物を詰め込んで満腹になりゆっくりしたいはずだ。
 だが彼なら、よっぽどせっぱ詰まっていない限り、五分はここで立ち話をしていってくれるだろう。
 その彼はここ二三日、姿を見せない。
 どんなに待ちこがれても、彼は来るはずがない。『あの事件』以降、議事堂内の病棟に入院しているからだ。
 誰も彼もが面会謝絶で見舞いもできないほど、とても酷い状態らしい。
 らしい……と言う理由は、俺が直接見舞いに行ったことがないからだ。
 俺に彼を見舞う理由はない。よそよそしい間柄では無いが、見舞いに行くほど親しい仲でもない。食堂のおっさんとその食堂を利用する客、ただそれだけの間柄だ。まあ多少、新作料理の味見をしてもらうぐらいは親しいが……それは彼が『食いしん坊』だから、というところが大きい。それがなければ、ただの顔見知りでしかないはずだ。
 だから彼のために俺ができることは、何もない。せめて早く復帰できますようにと、祈るぐらいだ。
「ごちそうさまー」
「ごちそーさーん」
「午後もがんばれよ」
 再び誰もいなくなり、食堂内は静まりかえる。だが、時間つぶしはできた。
 返却口に返された食器を片づけていると、戻ってきた岸谷チーフが声をかけてきた。
「ちょっと、いいか」
 チーフは厨房の奥にある料理長室へと手招いている。チーフと共に戻ってきた同僚と交代し、招きに応じて奥の部屋へとチーフの後に続く。
 勧められるまま、チーフの向かい側のソファへ腰を下ろした。
「高倉は明日、休みだったな。何か用事でもあるか?」
「いえ、特には……」
 いつもなら、タウン誌に載っている料理店をハシゴしてメニューの研究を行うのだが、明日、それを行えるかどうか怪しい。何を食べても、砂を噛むような味見しかできないことがわかり切っている。
 それもこれも、彼に心を占められてしまっているからだ。そう思うと少しばかり、彼の存在が苦々しいが……惚れた弱みと諦めるしかない。
「そうか。特に用事が無いなら、頼まれてくれないか」
「なんでしょう」
「平田に、食事を持って行って欲しいんだ」
「平田に……?」
 俺の心臓は、飛び上がりそうなほどに跳ね上がった。
 平田……平田爽。
 まさか、その名前がチーフの口から出てくるとは思わなかった。
 そう、俺が恋焦がれている彼のことだ。この事は誰にも秘密だと決めている。
 だから動揺をなるべく表に出さないように、俺はなんとか言葉を続けた。
「彼の食事は医務班が持って行っていますよね。明日は何か都合が悪くなったんですか?」
「医務班の都合が悪い訳ではないが……」
「ならば何故、俺が食事を? 面会謝絶を言い渡されるほど酷い状態なんでしょう? そこへ俺が行くのは、マズいんじゃないですか?」
「平田の体調は問題ない。面会謝絶は委員会の命令だ」
「委員会の?」
「そうだ。平田の入院は謹慎の意味合いが強い。あいつの処遇をどうするか、委員会と教官らとの間でモメているんだ」
 平田は不本意とはいえ、テロリストに操られて議事堂内に爆弾を仕掛けて回った。石川教官のお陰で事なきを得たのだ。それが、『あの事件』。平田は今、マインドコントロールを解除するために、入院しているのだ。
 今までそうしてきたように、DG委員会は平田を懲戒免職にしたいらしい。惨事は不発でも罪は消えない……そういうことらしい。
 教官たちは平田の免職を阻止しようと、話し合いを続けているそうだ。
「一体、何の都合が悪いんです。それでも、面会謝絶だということに意味は変わらないでしょう。何故俺が食事を?」
「平田が食事をしないと、医務班から相談を受けた。どうやら──」
 チーフは困ったように、だがはっきりと俺に告げた。
 それは、俺を愕然とさせるものだった。
■ ■ ■
 ノックしてから、静かにドアを開ける。こっそりと中をのぞくと、平田は俺を認めて上半身を起こした。
「高倉さん、お久しぶりです。お見舞いに来てくれたんですか」
「まあ、そんなところだ」
 開けたときと同じように静かにドアを閉める。サイドテーブルに荷物を置くと、備え付けの椅子を引き寄せてベッドの側へ腰を落ち着けた。
 数日ぶりに顔を合わせた平田は、見るも無惨な姿に変わり果てていた。
 細面の整った顔はげっそりとやつれ、肌はこれ以上ないくらい青ざめている。目は落ちくぼみ、唇はがさがさに荒れていた。
 たった数日会わなかっただけとは想像できない、悲惨な姿だ。
 だが、雰囲気は凛とした気丈さを漂わせている。もっと正確に言えば、何かを決めたような緊張感だ。
 俺はそれに気づかないフリをした。
「──調子はどうだ」
「まあまあです」
「好き嫌いしているらしいな。お前らしくない」
「食欲が無いだけです。一応病人ですから。でも……」
「でも?」
「俺、もう病人じゃ無くなったんでしょ? 高倉さんが来てくれたってことは──面会謝絶が解かれたってことですよね。じゃあ俺、クビが決まっちゃったんだ」
 全てを諦め、そして全てを受け入れた様子の平田の言葉に力は無かったが、両手はブランケットをきつく握りしめていた。
 悔しいはずだ。
 国会警備隊の隊員になるには、二年の訓練に耐え、そして最後の振り落とし試験を突破しなければならない。そうして手に入れた夢を諦めなければならないのだから、悔しくないはずがない。
 今回の事件は、平田が悪いわけではない。しかし、惨事を引き起こしかけたのは平田の手だ。DGとしてのプライドが自分を許せないことも、さらに平田を苦しめているはずだ。
 俺はそんな平田を抱きしめたかった。
 お前の所為じゃないと、慰めたかった。
 大丈夫だと、励ましたかった。
 ──その衝動を必死に押さえつける。無責任な事は言えない。だから俺は絞り出すように言った。
「そんなことは知らん。用があって来ただけだ」
「用って、なんです? 俺が免職になったから、慰めに来てくれたんでしょう?」
「甘ったれるな! 俺は、そんなことしない!」
 心中を見透かされたと思った。見透かされるような自分自身に腹が立って大声を出したことを、刹那の後に後悔した。
「バカらしい。どうして俺がそんなことをしてやらなくちゃならないんだ」
 備え付けのテーブルをベッドに設置し、持参した荷物をその上に広げた。
 今まで試食してもらった料理の中で平田が気に入り、そして消化に良さそうなものを数種類ピックアップしてつくってきたのだ。
「俺……食べないですよ」
 目の前に広げられた食事を一瞥するや否や、平田は目を伏せた。
「食べたくないんです」
「俺が腕によりをかけてつくったんだ。食べろ」
「嫌です」
「食べるんだ」
「食べたくありません」
「無理につっこむぞ」
「吐き戻しますから」
 医療班は、直接の自傷行為に走っていないだけまだマシだという見解で、無理矢理に栄養剤を投与することをためらっている。
 だがそれを放置もしておけないと、隊員以外の少しでも親しい者に食事を勧めさせようと計画し、俺に白羽の矢が立ったというわけだ。
 何も言わないでおくと、沈黙に耐えきれなくなったらしい平田が、呟くように尋ねてきた。
「高倉さんは、ご飯を美味しいって思いますか?」
「当たり前だ。まあ、モノにもよるがな。美味いモノは美味いと感じるぞ」
「僕もそうです」
「じゃあ……」
「でも、俺は自信が無いんです」
「自信?」
「美味しいと感じているのは本当に俺なのか。俺は俺を疑っているんです」
「……」
「料理だけじゃない。花を見て美しいと本当に思っているのか、音楽を聴いて安らぐ心は本当に俺の心なのか。俺が感じるものは、全てこの俺が感じているのか。──俺は俺が信じられない」
 平田の催眠暗示は当日のうちに解かれている。数時間で我に返るような弱い暗示だ。動画メディアに刷り込んだような不完全な暗示に、暗示解除の治療を無効とするような強い影響は無かったそうだ。
 しかし平田は、まだ暗示が続いているのではないかという不安で、自分自身に対して疑心暗鬼となっている。
 だから自分を痛めつけ、その感覚が自分のものだと確かめようとしているらしい。
 己がテロリストの手先になってしまったことを、平田は恥じている。そしてもう一度、同じことを繰り返すかもしれない不安を抱いている。それが平田を、食事の拒否という行動に走らせているに違いない。
「今、自分を試しているんです。俺が本当に、空腹を感じているかどうか。だから邪魔しないで……」
 その台詞に俺は俯く。しばらくそのままでいると、平田の視線を感じた。
 押さえきれなくなった感情は、その視線に触発されて俺の肩を揺らした。そして──。
「──くっ、くっ」
「高倉……さん?」
「ぶ、あーっはっはっは!」
 平田はきょとんと、突然笑い出した俺を眺める。
 その平田の様子がまたおかしくて、膝を叩きながらそのままたっぷり五分は笑い転げた。
「はあっ、はぁ……。すまん、平田」
 馬鹿にされたと思ったらしい。むっと唇をとがらせて、平田は抗議の視線を向けている。
「何がそんなに可笑しいんです。俺、真剣なんですよ」
「いや、悪い、悪い。笑ったのは自分の間抜けさに対してなんだ。お前を笑ったんじゃない。──俺、知っていたんだ」
「知っているって、何をです?」
「お前がお前であるかを見極める、簡単な方法だ」
 平田に出した料理とは別の保温容器を取り出し、中身を平田に見せる。無理矢理食べさせようと持ってきていた流動食だ。
 中にはどろりとした、オレンジ色の物体が入っている。
「これ……リゾット風高倉スペシャル?」
 一目見て、平田は正確にその料理の名前を言い当てた。正式メニューにできなかった没料理だ。その場しのぎで適当に付けた名前だったから、レシピを憶えていても名前なんか憶えていなかったが。
「これを食ってみろ」
「嫌です。俺は食べません」
「知りたいんだろ。お前がお前であるかどうかを。俺を信じろ」
 スプーンにすくって、平田の目の前に突き出す。
 平田は最初、抵抗の様子を見せたが、程なく降参し、俺を上目遣いに見やる。
「本当に、わかるんですよね……?」
「ああ。だから、口を開けろ」
 平田は決心したように唇を少しだけ開く。スプーンをその唇の先に付けてやると、平田は少しだけオレンジ色の物体を嘗め取った。
「どうだ?」
「──美味しいです」
 騙された──と恨みがましく睨め付ける平田の頭を、笑いを堪えながらクシャクシャとかき回す。
「それな。本当はとーっても不味いんだよ。お前以外の十人中十人が不味いって評価下しているんだ。美味いなんて言ったのは、後にも先にもお前だけだ」
「それが、いったいなんなんです」
「試食した時のお前と、今それ食ったお前の感覚は一緒ってことだ。つまり、お前は今も昔も変わってないってことじゃないか」
 ほけっと俺を見つめていた平田だったが、徐々に俺の言った意味がわかってきたらしい。大きく見張った目がみるみるうちに潤んでいく。
「俺は、俺だったんだ……ありがとうございます。高倉さん……」
 平田はスプーンを持った俺の手を両手で包み込み、それに額をくっつけた。
 間柄なんか気にせずに見舞いに来れば、もっと早く平田の不安を取り除いてあげることができたはずだ。足踏みした分だけ、平田を長く苦しませてしまった。
「もっと早く見舞いに来ればよかっ……」
 平田の頭を抱き寄せようと伸ばした手を、素早く引っ込める。突然、平田が体を起こしたのだ。
「なんだか、安心したらお腹すいちゃいました。高倉さん、これ食べていい?」
 舌なめずりしてテーブルの料理を眺め渡す平田に返事をする代わりに、スプーンを渡してやる。
「食べてもいいが、まずはそのスペシャル料理からだ。ゆっくり食べろよ。胃がびっくりしてしまうからな」
「大丈夫ですよ。高倉さんの料理ならそんなことなりません」
 言って、美味しそうに俺の料理を口に運んだ。
「うん。高倉さんのご飯は、やっぱり美味しい」
 以前の平田と変わらない満面の笑みを浮かべる。
 平田にお茶を注ぎながら、俺は強く願った。
 この笑顔を曇らせるようなことが、もうありませんようにと。
 そして、その笑顔をいつまでも見ていられますように、と。
― 了 ―

あとがき
2004/11/28のイベントで、合同誌として出させていただいた本の、廣田の作品を再録しました。
当時の相方との、
「平田ってさー、不味い料理でも美味しいって食べてくれそうだよね~」
「なんか、食べ物でつられそう(笑)」
という、愛ある(笑)やりとりの中で生まれました。
5~6巻の第8章、平田が催眠術で操られ議事堂内に爆弾仕掛けまくる回(本当は城が入隊した時の話です)の、その後の話です。催眠を解くために治療していた頃になります。ここでは無理矢理、議事堂内の医局に入院してもらいました。
 
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