ジルコン

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アレ城
[01] ギフト
西やんと内藤さん
[03] コール
冠累
[02] 約束
その他
[06]料理☆爆弾
     
[04] Don't cry,my Blue.
             
[01] 認められない理由
   

その他

Don't cry,my Blue.

1
 思い出したのは、かつて頭上に広がっていた空と同じ色の蒼だった。
 乱れた麻布を敷き詰めたように起伏が激しい、生成色の大地。
 その砂漠には申し訳程度に、疲れたような草がぽつりぽつりと彩りを加えている。
 そして、その荒れ野に影を落とす雲を持たない、蒼茫(そうぼう)たる空。
 全てを焼き尽くそうとするような太陽が南中していても、おだやかにそれを押し包もうとするムーンシャインブルーは、安らぎに餓(かつ)える心へ安堵をもたらしてくれた。
 その蒼穹(そうきゅう)と同じ色の瞳を持つ少女は、もうこの世にいない。
 そして、どこまでも清澄な空殻(くうかく)も。
 だからその色は、もうこの世にないものだと思っていた。
 そう心を整理して、数年。
 かつて慈しんだ蒼が目の前に現れては、気にかからないわけがなかった。
 絶対に繰り返さない。
 強く、そう願う。
 もう二度と、曇らせたくはない、と。
■ ■ ■
「では江角、私たちは第三会議室へ行くから、車を止めたらすぐに来るように」
「はい」
「では、こちらへ」
 促されて、宮沢の後に続き通用門をくぐる。
 その私たちの前に、隊員が二名立ちふさがると、色黒の隊員が一歩前へ出た。
「宮沢さん、そちらの方は?」
「彼は今日から、ここの関係者だ」
 戸惑いを顔面に貼り付けたままの隊員は、宮沢から私へと視線を移す。
「篠井です」
 リアクションを迷っているらしく私の顔を凝視する隊員に、宮沢は端的に命令を下した。
「役付きの者は第三会議室へ集まるよう、連絡を入れろ」
「は、はい」
 言われるままにインカムに伝言を告げる隊員の横をすり抜け、私は宮沢に先導されていく。
 そんな私たちの姿を見つけた隊員たちの間の空気は、たちまちのうちに張りつめていく。
 悪くない──そう心中でつぶやいて、宮沢から受けていた説明を脳裏から叩き出す。
 変な緊張感を漂わせてはいるが、ぬるま湯に浸りきった警備隊だという認識を確定するには早計すぎる。まだ私は、何も見ていないのだから。
 館内を行きながらさりげなく周囲の様子をうかがっていると、駆け寄ってくる人影を見つけた。宮沢も彼に気づき、歩調をゆるめながら私を振り返る。
「外警班長の西脇です」
 そうして顔を正面に戻すと、完全に歩みを止めた。
 西脇は宮沢の目の前でぴたりと足を止める。そして軽く頭を下げつつ、私の顔をちらりと盗み見たことに気が付いた。ただ視線が向いただけなら、それほど気にならなかったかもしれない。たった一瞬のことだったが、私の底を測ろうとする意志が向けられたからには、嫌でも気づかない訳にはいかなかった。その真意を探ろうとこちらも見返していたが、顔を上げた時にはすでに、宮沢へ視線を向けていた。
「お疲れ様です。今日は何か?」
「皆が集まっているところで話す。石川は?」
「連絡を入れました。第三会議室に向かっています」
 短いやり取りだったが、先ほど感じた奇妙な緊張感の正体が少しわかった気がした。
 先ほどまで冷然としていた宮沢は西脇と相対した途端に緊張をわずかに高め、西脇は飄々とした雰囲気の割に、ほんの一部であろう、わずかばかりの猜疑心をわざと宮沢へ向けている。
 つまり、西脇は斥候として敵情視察に現れ、宮沢は西脇のことを軽くあしらえるような無能者とは見ていない、ということだろう。
 西脇の態度は、警備隊全体のものと考えてもいいかもしれない。だから宮沢が現れたために隊員が緊張して、変な違和感を生じさせているのだ。
 ならば私は、彼らにとって招かざる客にちがいない。先ほどの西脇の視線は、軽いジャブということか。
 それを受けて立つつもりはない。しかし、ここから立ち去るつもりもなかった。私はただ、なすべきことをなすだけだ。
「では、行きましょう」
 私は軽く頷き返し、西脇に先行される宮沢の後を追った。

 昨日と同じ会議室に通されると、隊長とそのSP、そして各班の長と副長がすでに集まっていた。
 堅い雰囲気の中、昨日会えなかった者の紹介を受ける。そして最後の一人が開発班長の背後から、私の目の前へ進み出た。
 きっちりと一つにまとめられた背の半ばを越すパールブロンドや、透き通るような白磁の肌よりも、対の双眸に視線が吸い寄せられる。
 以前に見た写真よりも鮮やかな、蒼い瞳だった。
 その色は古傷の痛みを私に思い起こさせる。しかし、時間とさらなる経験を得た私の一部として、痛みはすでにしっくりと心に馴染んでいた。ゆえに懐かしさとそれに付随する様々なものがこみ上げはしたが、苦味だけはついに現れなかった。
「SPの──」
 かなり長い間彼の瞳を覗き込んでいた気がしたが、それはほんの、瞬きひとつするほどだったようだ。不審な色を見せることなく、私をまっすぐ見返した彼は片手を差し出す。
「マーティ・スコットです。これからよろしくお願いします」
「篠井です。よろしくお願いします」
 軽く添えただけの私の手を、マーティはしっかりと握りかえす。引き結ばれた唇よりも雄弁な瞳が、彼が『第三者の人間』であるということを宣誓していた。
 長くはJDGに勤めていないということだったが、彼は完全に隊のメンバーであると、宮沢はそう評価を下している。だから私は孤立するであろうと予言した。
 それならばそれでもいい。その方が早く片づく──宮沢はそのようにも言っていた。直接は聞かなかったが言動を見ていれば、宮沢の目的が石川隊長をその座から引きずり下ろした上で警備隊の体制を再構築することであることは容易に想像がつく。
 その手駒にされることに少々思うところはあるが、隊員が従う対象を隊長としているならば、話は別だ。どのような形であれ、派遣先がそのような隊であることを見過ごすことはできない。
 あえて第三者の立場を取ろうとするマーティの真意の底にあるものを見極める必要を憶えつつ、彼の細く力強い手を、私は改めて握りかえしたのだった。
■ ■ ■
「それじゃあ、これから勤務だから」
「えっ、ちょ、クロさん、待っ……」
 満面の笑みをたたえたクロウは、私とアレクをそのままに、さっさと部屋を出て行く。
 私の下にいるアレクは、ドアが閉まるその最後の瞬間までクロウを求め手を伸ばす。そしてドアが閉まってしまうと体中の力を抜き、眉尻をこれ以上ないくらい下げて私を見上げた。
「ええと、あの、マーティ?」
「なんです?」
「ちょっとどいたりしないかなーなんて、思っ……」
「嫌」
 私の即答に、アレクは目をぱちくりさせる。そしてまた情けない顔で苦笑いを漏らす。その顔を両手で包み込み、アレクをじっと見下ろした。
「アレクは私のこと、嫌い?」
「だから──嫌いじゃないから、困るんだって」
 私はゆっくりと顔を下ろす。アレクの顎を少しだけ上向かせる手に、抵抗はない。
 唇が触れあうと同時に、目を閉じた。
 薄いアレクの唇は少しがさついていたが、以前と同じく柔らかく私を受け止める。
 重ねた唇から想いが伝わるようにと、強く口づけた。その行為と鼻孔をくすぐるアレクの体臭に、私の熱はゆっくりと上昇していく。
 呼吸を止めていられなくなり、そっと唇を離した。同時にアレクの荒れた唇を舌先でなめると、アレクが私を追いかけ、唇を塞ぐ。
「ア、レ……ッ」
 その深い口付けは、私の鼓動のスピードを上げるに充分な熱を注ぎ込んだのだった。

 汗ばんだアレクの胸に体を預けていた私は、ようやく呼吸を整えて体を起こす。未だ全身に続く甘いしびれは私を幸せの真綿に包むけだるさを残していたが、アレクの瞳をどうしても覗き込みたかった。
「なに?」
 静かに微笑むアレクは、頬にかかる私の髪を、耳の方へ掻き上げた。
「なにか、変?」
「ううん。アレクの目って、やっぱり真っ黒だなぁって思って」
「アジア系だからね」
 答えるアレクに、私は首を横に振る。
「ううん、そういうことじゃない。アレクの目はブラックホールなんだ」
「俺の目が?」
 問われ、静かに頷き返す。
「光もなにも映さない、真っ黒な瞳のブラックホールだよ。私はこの瞳に囚われた。だからアレクに引き寄せられる」
 胸に頬を寄せると、アレクは無言で私の髪を梳く。
「私は引き寄せられ、アレクに落ち続けるんだ」
 ずっと、いつまでも。
 
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