ジルコン

G-DEFEND ファンコンテンツ

アレ城
[01] ギフト
西やんと内藤さん
[03] コール
冠累
[02] 約束
その他
[06]料理☆爆弾
     
[04] Don't cry,my Blue.
             
[01] 認められない理由
   

その他

Sweet! Sweet! Sweet!

 いつもなら夜食が求められてにぎわう時間であるにもかかわらず、食堂はがらんとしていた。
 閑古鳥の原因は、とある人物の存在である。その人物の動向を恐れ、誰も食堂に寄りつけないのだ。
 この状況から救ってくれるはずの食堂の主は、今ここに居ない。勤務から上がってきた恋人の食事の世話で、チーフルームに籠もっている。その後に嵐の元がやってきたものだから、一人残された哀れな生け贄は誰にも助けを求めることができず、ただ黙々と作業に専念するしかなかった。
「浅野!」
「は、はいっ?!」
 カウンターに寄りかかりながら頬杖を付くクロウの目は、完全に据わっていた。
 その突き刺さる視線にビクビクしながら、厨房にいる浅野は作業の手を止めてクロウを振り返る。
「クロさん?」
「──何でもないっ」
 口を「へ」の字にひんまげたままのクロウは、ぷいと横を向く。
 クロウは何でもないと言い張るが、浅野が作業を開始するとすぐに威圧的な視線を向け直すのである。そして「浅野!」なのだ。先ほどからこれをずっと繰り返している。
 これは、ただの嫌がらせではない。浅野にはいわれのない、ただの八つ当たりなのだ。
 その繰り返しのコミュニケーションにしびれを切らせた浅野は、呼ばれる前にもう一度振り返った。
「何を怒っているのかわからないんだけど……とりあえず、食べない?」
 差し出したのは、できたばかりの新作シフォンケーキである。数日後に控えたバレンタインに、特別デザートとして食堂で振る舞われることになっている。これはその試作品だ。
 そのケーキをたっぷり三十秒は眺めた……というより睨み付けたクロウは、殺気だった視線を浅野に叩きつけた。
「お前は俺を殺す気か!」
「え? ええっ、何?!」
 突然の罵倒に、浅野は目を白黒させる。そしてその理由を問うこともできず、怒り肩で食堂を出て行くクロウを見送るしかできなかった。
「なんなんだよ、一体」
「なんなんです、今の」
 浅野のつぶやきに声を重ねた主──紫乃──が、カウンター越しに茫然自失の浅野をのぞき込む。
「怒っていましたけど、喧嘩でも?」
「喧嘩も何も……俺にも訳わかんなくて」
 緊張が解けた浅野は、ぐったりとカウンターに突っ伏す。
「食堂に来たときからピリピリしていたんだ。甘いモノ出せとも言わないし。気味悪いから試作のケーキを勧めたら、殺す気かって言われて……」
 浅野を見下ろす紫乃はきゅっと眉根を寄せて、すみません、とつぶやいた。紫乃の謝罪に、浅野は顔を上げる。
「きっと、私が原因なんです」
■ ■ ■
 クロウの居所を訊かれたアレクは、慌てて浅野の腕をとる。そして眉を「八」の字にして顔をのぞき込んだ。
「自室に居ると思うけど……あさのん、行くの?」
 猛り狂ったクロウに行き会い、アレクはほうほうの体で逃げてきたのだ。クロウの荒れ様は、アレクを震え上がらせるほどの恐怖だったらしい。
「今のクロさんには、近寄らない方がいいと思うよ?」
「でも、ずっとあのままなのは困るでしょ?」
「それはそうだけど……何か策でもあるの?」
「策というかなんというか……やっぱり、ストレスには甘いモノが一番だと思うから」
 浅野は白衣のポケットからアメを一つ取り出し、アレクに渡す。口寂しいときのために持ち歩いている、浅野の私物だ。
 アレクはそのアメを受け取ると早速、皮を剥いて口に放り込む。
「そうだけど……本当に大丈夫?」
「任せろ……とは言わないけど、がんばってみるつもり」
 浅野の笑みに、アレクはやっと手を離す。しかし、まだ迷い顔のままだ。
 ひとしきり首を傾げたアレクは、ぽつりと言った。
「ええと……屍は拾ってあげるからね?」
「やめてよ、そんな不吉なこと」
 笑みを苦笑に変えた浅野はアレクと別れ、クロウの部屋を目指す。
 その道すがら、浅野は食堂での紫乃とのやり取りを思い出していた。

「ドクターが原因? どうして?」
「この間の検診結果、クロウさん引っかかったんです。それで甘いモノをやめないと許しませんよと……脅してしまいまして」
 紫乃は眉を集めたままだ。しかし、言葉に後悔の念はみじんもない。確固たる信念の元の発言だからだろう。
 だからこそ、クロウに脅され……いや、求められるままに甘いモノを提供していた浅野の胸に、突如として暗雲が広がる。
「ドクターが脅したって……そんなに悪かったの?」
「その時の数値だけ見ればそうなんですが、一時的なものだと思うんです。検査の前にLサイズのケーキをワンホール食べただなんて言っていましたから、少々きつめに言ってみたんですが」
「ガラにもなく馬鹿正直に甘いモノ断ちして、ストレス溜めちゃったわけかぁ」
「そのようです。すみません」
 それが使命と、隊員たちの健康に厳しい目を向ける紫乃の言葉は、その方面において絶対の強制力を持つ。それが脅しという形となっては、いつもはのらりくらりとかわすクロウでも、甘いものを切り捨てる必要を感じたのだろう。
 甘いモノは欲しいが紫乃の目も怖い……となれば、クロウに今までにないストレスがかかるのは当然といえば当然である。それを紛らわせるためになのか、それとも無意識に引き寄せられたのかは浅野にはわからない。とにかく食堂に来てしまったクロウに食べろとケーキを差し出せば、爆発するのも当然と思われた。
「ねえ、ドクター。甘いモノを減らす方向で、いいんだよね?」
「──最初は、そのつもりだったんです。強く言ったのは、クロウさんにはちょうどいいと思っただけですから」
 嘆息とともに出た紫乃の許しとやっと戻ってきた岸谷の許可を得て、浅野はクロウを追いかけたのである。
■ ■ ■
 クロウの自室が面する廊下に、人影はない。シンと静まりかえっているのは時間が遅いため当然だろうが、それだけが原因だと浅野は思わなかった。
 息を殺して嵐の様子を窺う雰囲気が、遠くの部屋からも感じ取れる。
 既に、そうされるだけの脅威と化しているらしい。
 目的の部屋の前まで来たにも関わらず、呼び鈴を押す指が止まる。
 いや、来たからこそためらいが生まれたのだろう。ひしひしと感じる緊張感に、命の危険が頭をよぎる。
「大丈夫だよな……?」
 さすがにここまで荒れている空気に、己の無謀さを呪い始める浅野である。
 しかし、ここまで来て引くことはできない。半分やけになりながら、呼び鈴を押し込んだ。
 くぐもった電子音が扉の中から聞こえてきてからほどなく、ドアが開く。
 渋面と強面と難色が同居した顔色のクロウが姿を見せた。
「あの、クロさん。俺……えっ?!」
 来訪者を確認した瞬間、クロウは浅野の襟元を掴んで部屋に引きずり込んだ。突然のことに浅野は何の抵抗もできないまま引きずられる。そのまま真っ暗な部屋を横断し、ベッドに突き倒された。
 仰向けに倒れた浅野に、クロウが覆い被さる。
 暗闇の中、クロウの息づかいを鼻先に感じた浅野は、軽くクロウの胸を押した。
「あの、クロさん?」
 シャツ一枚を挟んで堅い胸板を手のひらに感じ、浅野は改めて、クロウがJDGの隊員であることを思い知る。いくら押しても、クロウの体はびくともしない。爆発物をいじりたおすか人をからかうか、または甘いモノを強奪する姿しか見たことのない浅野にとって新鮮な発見であった。しかし、今はそれに感動していい時ではない。
「クロさん、あの、俺……」
 クロウは黙ったまま、浅野の頬を撫でる様に指を這わせた。それから、指先が耳の付け根から顎へと、ゆっくり輪郭をなぞる。
 顎の先で止まったクロウの指は、そのままそこで止まる。
「クロさ……」
 四度目の呼びかけは、途中で遮られた。
 クロウの唇が、浅野の声を全て飲み込んでいく。
 思い切り浅野が頭を横に振っても、顎を固定する指が外れない。
 押しつけるだけの唇は、声だけでなく吐息も何もかもを奪い取っていく。
 突きのけようと腕に力を入れても、クロウの体が揺らぐどころか、あらがうこともできなかった。
「ク……んっ、んん!」
 僅かに逸れたスキを狙ってあえぐ様に息を吐くと同時に、クロウの舌が浅野のそれを絡め取る。
 浅野の声全てが吐息となった夜の、これが始まりだった。
■ ■ ■
 翌朝。
 浅野を見つけた紫乃は人がまだ少ないのをいいことに、有無を言わさず食堂の隅に引っ張っていく。
「クロウさんに、いじめられたんですか?」
 たった一晩でやつれきり、目の下の隈も酷い浅野を見咎めたのだ。
 怒っているわけではない。紫乃は秀麗な眉を曇らせ、心苦しそうに気遣う視線を浅野に向けている。
 クロウのかんしゃくの原因を自分と考えていた紫乃は、その矢面に立ってくれた浅野に申し訳なく思っているのだ。
 それを悟った浅野は、慌てて紫乃の言葉を否定する。
「いや、そんな訳じゃないんすよ。そんな訳じゃないけれど……」
 口ごもる浅野は、昨晩のことを思い出す。
 体中に与えられた口付けだけで、何度も上りつめさせられた。たったそれだけのことを、一晩中繰り返されたのだ。寝不足と疲労で疲れ切っているだけに過ぎない。
 朝方になって、やっとクロウが眠ったお陰で解放され、朝番であったためシャワーと着替えだけを済ませてすぐに厨房に入ったのだ。
 それを正直に申告できるほど、浅野の神経は図太くなかった。
「とにかく、俺はクロさんにいじめられた訳じゃないっすから。でも──」
「でも?」
「昨日は結局、クロさん甘いモノを何も食べてなくて」
「それは──」
 息を呑んだ紫乃は、浅野の腕から手を放す。
「荒れますよね?」
「確実に」
 浅野と紫乃は互いに顔を見合うと、朝に似合わぬ重苦しいため息を吐いた。

「今から食堂?」
 やけに機嫌のよい声に、アレクはびくりと肩をすくめる。
 恐る恐る振り返れば、声を裏切らぬ満面の笑みを貼り付けたクロウがいた。
 アレクが短く朝の挨拶を述べると、クロウもそれに習う。やはり、機嫌がいい。
「クロさん、調子良さそう。どしたの?」
「甘いモノを腹一杯食べたからかな」
 昨晩の浅野の作戦が上手くいったのだろうと、アレクは胸をなで下ろす。
 猛り狂った昨晩のクロウと喜色満面の今のクロウの変化は、そのことだけでも恐ろしい。ギャップの理由がわかるだけで、アレク──いや、クロウに振り回される周囲の人間にとってありがたいことはない。
 だが、続けられた言葉にアレクは震えを取り戻すことになる。
「夢の中でだけど」
「夢の中?」
「昨日は甘いモノを食べられなかったから、かなりストレスが溜まっていたんだ。だからだろうな、夢の中で菓子を腹一杯食べた夢を見た。そのおかげで、ストレスが解消されたらしい」
「そうなの? 昨日、あさのんがクロさんの部屋に甘いモノ持って行ったみたいなんだけど……食べてないんだ?」
「来たのか? 寝ていたから気づかなかったのかもしれない。まあ、持ってこられても食べなかったかもな」
「どして? 珍しいじゃない」
「ドクターに止められたんだ。食べ過ぎだって」
 そこでやっと、アレクはクロウが不機嫌だった正確な理由を推測できた。知ったところで、アレクにはどうすることもできないのだが。
「でも、それだとストレスで体を壊す。だからドクターに交渉するつもりだ」
「量を減らすから、禁止は止めてって?」
「ああ。だけど──」
 クロウはうっとりと、視線をどこか遠いところへ向ける。
「昨日の夢のヤツをもう一度食べることができるなら、菓子断ちしてもいい」
「そんなに美味しかったの?」
「どんなモノだったかは全く憶えてないけど、美味かったことだけは憶えている。焼き菓子のような匂いなのに、食感は限りなく泡雪のようなムース。いくら食べてもなくならないし、飽きない。あれは理想の菓子の一つだな」
「それは──」
 そのお菓子って実はあさのんじゃないの?──と言いそうになって、アレクは慌てて口をつぐむ。
 普段から甘いモノを身の回りに置いている浅野に、菓子の匂いが染みついていたのだろう。ストレスで前後不覚に陥ったクロウがその匂いを嗅ぎつけ、部屋を訪問した浅野に襲いかかった可能性は充分に考えられる。
 とりあえず今は機嫌がいいが、何がどうなるかわからない。今はヘタなことを言わない方がいい。
 アレクはそらとぼけることにして言葉を継ぐ。
「──俺も食べてみたいなぁ」
「やらない。もったいない」
「意地悪っ。なくならないのなら、一口だけでもいいじゃない」
「駄目なモノは駄目だ。あれは俺のモノだから」
 いつ爆発するかわからない欣快な爆弾に気を遣いながら、アレクはさりげなく歩調を早める。
 とにかく何か甘いモノを本当に食べさせて、機嫌のよさを補強させなくてはいけない。その後は一緒に医務室へ赴いて、紫乃に菓子解禁の懇願する必要があるだろう。
 そう思いを巡らせながらそっと胃のあたりを押さえるアレクのことなどどうでもいいクロウは、昨晩の菓子の味を思い出しては、うっとりとした視線を夢の中へ投げかけていたのだった。
― 了 ―

あとがき
 やってみました、クロ浅でバレンタインネタです。バレンタインより数日前の話になりますが。近いということでお許し下さい。ついでに夢オチだということも(^^;
 作中では(雰囲気)クロ浅なんですが、浅クロでもアリです。世間ではどちらが多いんでしょう? やっぱりタッパあるほうが攻めですか?
 そうそう、忘れるところでした。これって年齢制限必要ですか? いまいち、18禁とか20禁とか22禁とか24禁とか15禁とかのレベルがわからないんですよね。私的には朝チュン(ドサチュン?)なので制限無しで公開しているわけですが。もし年齢制限が必要なら、ご指摘くださるとありがたいです。説明書きのところに書き加えたいと思います。
 
zilcon  - Copyright (c) Koh Hirota Since 2002
No reproduction or republication without written permission.
All fan-fiction is not to be used without permission by the author.