ジルコン

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アレ城
[01] ギフト
西やんと内藤さん
[03] コール
冠累
[02] 約束
その他
[06]料理☆爆弾
     
[04] Don't cry,my Blue.
             
[01] 認められない理由
   

その他

認められたい理由(ワケ)

2
「どうだ、西脇。外警のルーキーは」
「いい動きしてますよ。さすがに二時間も走りっぱなしだとバテて来てるみたいですが、他の新人に比べたら元気なもんです。俺の運動量が少なすぎるのかと思いましたよ」
「何言ってる。いつもより館内で見かけると皆が言ってるぞ」
「俺は外警ですから、館内で見かけないのは当たり前です」
 カプチーノが入った紙コップを手にした西脇は、小さく笑う石川の隣に腰を下ろした。
 隊員や国会で働くスタッフたちが利用する休憩室には、この二人以外の姿は見えない。石川を捜すなら岩瀬を捜せと噂される、SPの姿さえ無かった。
「大型犬はどうしたんです?」
「用事押しつけて置いてきた」
「暴れたでしょう?」
「泣き落とししてきた。あのでかいのがすがりつくのは、いつもにもまして鬱陶しいったら」
 岩瀬が石川にまとわりつく様を容易に想像した西脇は、クツクツと笑い声を押し殺す。それが気に入らないらしい石川は、不満げにコーヒーを口に運んだ。
「二人で居るときは普通にしゃべれよ、西脇」
 不満ついでとばかりに、石川はいつもの台詞を吐く。
 石川は西脇の上司ではあるが、訓練校時代は同期であり、年齢で言えば西脇の方が年上だ。
 仮とはいえ教官に任命された石川は友人を部下として扱い、同期であり友人でもある西脇は上司として接している。それはどちらから言うともなく始まり、自然に定着していた。
 だからこそ石川は、友人との時間を大切にしたいと望んでいる。
 その望みをできるだけ叶えてやるつもりでいるのだが、ついつい敬語がなおらないのだ……と、西脇は謝った後にそう続けた。
「ま、あれがあいつの仕事だ。大目に見てやれ。可哀想に、プライベートを無くしてまでお前をガードしてるじゃないか」
「同室になってまで俺をガードする必要なんか無いんだ。犠牲が出ている言うのなら、俺は喜んで物置にでも引っ越してやるよ」
「そうそう先走るなって。ヤツは何も言ってないだろう? だいたいそんなこと言える立場か? テロ対象としては議員よりも優先順位が高い役職に就いているってこと、忘れたか?」
「忘れていたわけじゃない。ただ……一日中気を張りっぱなしだなんて、そのうち参ってしまうに決まってる。そこまでやってくれる必要は無いんだ」
「好きなようにさせてやれ。そのうち力の抜き方もわかるだろう。そうでなかったら、『A級SP(プロ)』の看板に偽りありってことだ。それを理由に好きにすればいい」
 西脇は空の紙コップを握りつぶすと、ごみ箱へ投げ入れる。同じくそうしようとした石川の肩を押して、ベンチに腰掛けさせた。
「俺の計算だとそろそろ……五分後かな。本木がここにくる頃なんです。俺は食堂に行ってるって、伝言お願いできますか、教官」
「わかった。五分だな。それ以上は待たない」
「それで結構です。それでは、お先に失礼します」
 軽く頭を下げた西脇のポケットから、ピリリと電子音が響いた。
「はい……野田さん? もう食堂ですか? ちゃんと走ってますか? ──今、向かっているところです。誰か新人は……やっぱり来てないですか」
 本木には「壊れた」と言ったインカムを装着した西脇は、足早にその場を去っていった。

 休憩室に本木が現れたのは、西脇が立ち去ってきっかり三分後であった。
 西脇の見立てはかなり正確で信用がおける。それを良い意味で覆した新人に、石川は密かに期待を高めた。
「西脇さ……あれ……あ、教官?!」
「どうかしたか、本木」
 石川のそらぞらしさに気づかないほど、本木は急激に緊張を高めた。
 本木はミーハーなタイプではない。そんな本木でも、石川に名前を覚えてもらっていたことで、あがってしまったのである。
「何かあったのか?」
「いえ、あの……西脇さんがこっちにいるって、聞いて来たんすけど……」
「西脇なら、ついさっき食堂に行ったぞ」
「そうですか。ありがとうございます。俺、お先に……」
「待て。俺も今行こうと思っていたんだ。一緒に行こう」
「え、あ、はい! ありがとうございます!」
 とんちんかんな答えをしていることに気づかない本木は、右手と右脚を同時に前へ出しながら、石川の一歩斜め後に並ぶ。何となく恐れ多く、横に並びにくかったのだ。
 それに気が付いた石川が、小さく笑った。
「お前、岩瀬みたいだな」
「岩瀬さんって……教官のSPの?」
「ああ」
「俺、あんなにでかくないです」
「そりゃそうだ」
 アハハ、と石川が笑う。本木もつられて、顔をほころばせた。
「なんか──」
「ん?」
「教官がそんな風に笑う人だって思わなかった」
「じゃあ、どう思ってたんだ?」
「伝説の人だから、まじめで堅苦しくて笑わない人だと思ってました」
「伝説の人?」
 訓練校の伝説を聞かされた石川は、目を丸くさせた。
「そんな話が広まってるのか? 恥ずかしいな」
「恥ずかしいことじゃないっすよ。あの試験を満点とったことは胸張っていいんですから」
「本当は満点じゃないんだ。二点足らなかった」
「それでもすごいじゃないですか! 俺なんかほとんど赤点だったんです。警備隊によく入れたなって、兄貴たちにバカにされてんですから」
 会話が進むにつれて、本木は急速に石川へ親近感を憶えていた。偉そうで気むずかしくて鼻持ちならないと勝手に思っていた人物が、身近な偉人という好感へ変わっている。
 同時に、石川への憧憬が深まっていることを、本木ははっきりと感じていた。
「へえ、本木は末っ子なのか。下の弟も……スマン。──石川だ」
 インカムに入った通信は、本木の至福の時間を突然打ち切った。
 足を止めた石川は次の瞬間に走り出している。あわてて本木も後を追った。
「何かあったんですね!」
「西館の正面玄関へ車がつっこんだ。西脇も急行している。現場に到着したら西脇の指示を仰げ」
 言い終わると同時に、石川の背中が一回り小さくなった──いや、スピードが上がったのだ。本木は必死に後を追うが、どんどん差が広がっていく。
 本木の足は速い方である。訓練校では赤点ばかりとっていたが、足の速さと体力だけは同期の中でも五本の指に入っていた。
 午前中は館内を走り回っていても、簡単にへたばる本木ではない。
 それなのに石川はどんどん本木をおいていってしまう。
 これが現役の実力なのか、と愕然となった。身近な人物と思っていた石川が、急に遠くに行ってしまったように思えた。
 本木はあえぐ。先ほど石川の横に立たなかったことを、激しく後悔していた。
 何とかして石川に追いつきたい。後ろは嫌だ。横に……肩を並べたい。
 俺は。
 俺は。
 俺は……。
(石川さんに認められたい)
 曖昧な敬慕は、突然形を持った。
 新たな筋肉となり、床を蹴る力となる。
 潤滑油となり、足の動きをなめらかにする。
 石川を追いかける、新たなエネルギーとなる。
(俺、石川さんに認められたい!)

「──で、どうだったの?」
「手も足も出なかった!」
 隊員専用のトレーニング室から帰って来るなり本木はベッドに倒れ込み、大きく手足をばたつかせた。
「くっそー、くっそ、くっそーお! 俺は教官と勝負したいのに、なんで邪魔するんだ岩瀬補佐官!」
 本当に悔しそうに、本木は寝ころんだまま枕を殴りつけ布団を蹴りつける。それはまるで、オモチャを買ってもらえなかった子どもが往来の真ん中で暴れる様によく似ていた。
 読みかけの本を閉じて体ごと視線を年下のルームメイトに向けた野田由弥は、楽しそうに目を細める。
 本木が石川に何かの勝負を仕掛けたがそれを岩瀬に買い受けられたあげく、また負けてきたということは、聞かなくてもわかることだった。
「教官は忙しい人だから、岩瀬補佐官が気を利かせているんだよ」
「でも、補佐官は教官のマネージャーじゃないし親でもない。口だししなくたっていいはずだ!」
「じゃあ本木は、疲れ切っている教官が本木からの挑戦を受けたら断る人だと思うの?」
 せわしなく振り回されていた腕と足は、ぴたりとその動きを止める。
 野田は、本木が壁に手足をぶつけて怪我をしなかったことに、そっとため息を吐いた。
 野田が無言で待っていると、ちょうど三呼吸分の時間をおいて、本木は叫ぶように言った。
「──思わねぇよ!」
 本木の駄々はもう六回目である。
 初めはただただ驚くばかりの野田だったが、三度目の時には本木をなだめるマニュアルができあがっていたので、もう馴れたものである。
「じゃあ、補佐官の気持ち、わかるよね?」
「わかってるよ、わかってる。でもさぁ……俺、教官に認めてもらいたいんだ」
 本木が枕に押しつけていた顔をふと上げると、いつの間にかベッドの端に腰を下ろす野田と目があった。
「俺、教官に認めてもらいたいんだ」
「うん」
「だから、相手が補佐官なのは嫌なんだ」
「うん」
「だから、教官じゃないと嫌なんだ」
「うん」
「それなのに、補佐官が邪魔をするんだ」
「うん」
「俺、教官と勝負したいのに……」
「じゃあ、何をすれば勝負できるようになると思う?」
「補佐官が口だしできないぐらい、教官の負担を減らす……」
「わかってるじゃない。明日からも勤務、がんばろうね」
「うん……」
 こうしていつものように本木は野田になだめられ、明日の勤務に意欲を燃やすのだった。

 その会話がされたのは、二人の男がトレーニング室から自室へ帰る途中だった。
「俺は相手をしても良かったんだ」
「ですが石川さん。今日、けっこうキツかったでしょ? 朝に微熱が出てたんですから、ジムに行くのも止めたかったぐらいなんですから。今日はもう、おとなしく寝てください」
「俺の体のことは俺がよくわかってる。放っておいてくれ」
「それはできません。俺は石川さんの健康管理も任されているんですから」
「SPはそんなことまでしないと聞いているぞ」
「ドクターから頼まれました」
 勝ったとばかりに満面の笑みを浮かべる岩瀬に何も言い返すことができず、石川はむっつりと口を閉ざした。
 ドクター──内科医の橋爪──は、体調不良の人物を見つければ、それが巨躯の岩瀬であっても、先生様の議員でも、その細腕で医務室に引きずり込んでしまう。そうして、数日間の絶対安静を優先順位の第一位で患者に言い渡してしまうのだ。
 ある意味、国会一の実力者ともいえるのである。
 そんなドクターは、ちっとも休みをとろうとしない石川の健康管理を重要項目の一つに数えており、それを行うために岩瀬を味方につけるのはしごく当然のことと言えた。
「あんまり無茶言うようでしたら、ドクターに微熱のこと、報告しますからね」
 さすがに、このドクターに逆らおうとは石川も思わないらしく、少々むっつり気味に岩瀬と共に歩みを早めた。
 しかし、沈黙の時間は長く続かない。二つ目の角を曲がった時、石川は思い出したように口を開いた。
「さっきは、手を抜いてやったんだろう?」
 本木を筆頭にした隊員七名と岩瀬が行った、勝負のことを言っていた。
 その七名は石川に稽古をつけて欲しかったようだが、石川の体調をおもんぱかった岩瀬が「ならば俺をまず倒せ」と立ちはだかったのである。
 一対多の勝負であったが、岩瀬は汗一つかかずに相手を倒してしまったのだ。
「楽勝だったのは認めます。ですが、石川さん。一つ訂正します」
「なにをだ?」
「手は抜いてません。手加減はしましたけど」
「あいつらにしたら同じことだ」
「そうかもしれませんね。特に本木」
「だな。一番悔しがっていた」
 最初から最後まで食いついてきた新人の本木は将来を楽しみにさせる『もの』を持っていたが、岩瀬はそれを本人に告げる気はない。
 あのタイプは誉めるより燃焼させる方が伸びやすいだろうと判断したからである。
 しかし、最近はそれは間違いだったかも、と思い始めていた。
「悔しがっていたというより、なんだか俺、親の敵のように思われているかも」
 とほほ、と肩を落とす岩瀬の様に、石川は小さく笑った。
「恨まれるのは当然だろう。本人の希望が通らなかったんだから」
「いいんです。恨まれたって。俺はドクターの密命を受けているんですから」
「そんな密命は拒否してくれ……」
 今度は石川が肩を落とす番だった。
 
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