ジルコン

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[01] 認められない理由
   

その他

料理☆爆弾3 【ma】 前編

 それが耳に飛び込んできたのは、偶然のことだった。
 議事堂の裏口から爆班向けの郵便物を受け取った平田は、荷物を載せた台車を押して、とあるベンダールームの近くを通りがかったのだが。
「マオトコなのよ、マオトコ!」
 突然、思いもよらない単語が耳に飛び込む。
(マオトコって……あの『間男』のことだよな?)
 既婚女性の愛人のことだ。該当者だろうと不倫された側だろうと、平田としては当事者になってしまったら楽しい気分になれるものとは思えなかった。
 声を抑えている雰囲気はあるものの、無人の廊下に女性の声はよく通る。聞く気はなくとも耳がその声を拾ってしまうのは仕方ないとしか言いようがない。だから平田はできるだけ何も聞いてない風を装いつつ、歩むスピードをさりげなく上げる。
 このあたりの区画まで進入できる人物、それも女性となれば、ある程度限定されてくる。先ほどから続く弾んだ声音はおそらく、鶴田だ。
「隊には、五百人の人間が居るんだもん。居るところには居るわよ」
「でも、意外。あの人がそうだなんて」
「よね。人間、ホント、見かけによらないわ」
 鶴田と同期である、香取と滝沢の声も平田は聞き分けることができたが、他にもまだ数名いるようだ。もしかすると隊員ではなく、議事堂の関係者も含まれているかもしれない。
 その中の一人の「そろそろ時間だわ」という鶴の一声で、にわかに雰囲気があわただしくなる。続く鶴田の声が、おしゃべりを締めくくった。
「いい、この話はナイショよ。絶対に他言無用なんだから」
 気持ちの良い返事の後に、三々五々、散っていく気配。
 角を曲がってベンダールームの前に来たときには、すでに人っ子一人、見あたらなかった。彼女たちと顔を合わせずに済んで、平田はほっと胸をなで下ろす。
 そして立ち止まることなくベンダールームを通り過ぎた平田は、知らず視線を床へと落とした。
 彼女たちが言うように、五百人もいれば、いろんな人物に遭遇する。その中に愛人を持つ者が居てもおかしくはない。互いに隊員ということも考えられる。それは当人同士が解決すべき事柄で、立ち聞きしてしまった平田が口を出すべき問題でもない。
「聞きたくなかったな」
 急に台車が倍の重さになった気がして、平田は重苦しい息を吐き出したが、胸中に渦巻く、もやもやしたものが晴れることは無かった。
■ ■ ■
 その日の夜、平田の気分はさらに重く沈んでいた。
 昼間の立ち聞きが元で、昼食時、池上に心配をかけてしまっていた。以前、原因不明の食欲不振を起こしたときにも、池上に気遣いをもらっている。その時は高倉が、出張を一日切り上げて特別食を作ってきてくれたことで、解消できた。あまりにも幼稚なことに、高倉の料理が食べられない事にストレスを感じていたらしい。
 前回は自覚症状が無い代わりに、高倉や池上のおかげで脱することができたのだが、今回はそうもいかない。他人には知られてはいけないのだ。立ち聞きで知ってしまった、他人の濡れ事など。
 幸いにも間男が誰なのか、平田は知らない。だから、この件を忘れてしまうことにした。そう決めれば、後は自分の中で消化してしまうのを待つだけである。
 だから、正直に内容を言えないこと、自分の中で消化したいこと、それは数日のうちに決着が付くだろうことを正直に告げると、池上は快く納得してくれた。さあ、後は時間が過ぎるのを待つだけだ……そう思った矢先、見たくないモノを、平田は目撃してしまったのである。
 
 
 夕食前、汗を掻こうと平田はジョギングに出た。少しでもストレスを減らして、池上の心配を減らそうと考えたからである。
 足を向けた近所の公園で、平田は見知った人物を見かけた。私服姿の高倉である。朝昼と食堂で顔を合わせていたので、恐らく仕事上がりだろう。これから出かけるようだ。
 その高倉へ声をかけようとした平田は、そのまま息を呑む。
「高倉くん!」
 その声に高倉は振り返り、ふっと笑顔を見せる。
「野田さん」
「お待たせ。ゴメンね、遅刻しちゃって」
「かまわないですよ。大事じゃなくてよかった」
「ホント。大したこと無くて良かった。さ、行きましょうか。時間がもったいないわ」
 他愛のない話をしながら、高倉と皐は楽しげに肩を並べて駅の方へ歩き去っていく。
 二人の後ろ姿と、昼間の話がフラッシュバックする。
 
『マオトコなのよ!』
 
 耳の奥で、がんがんと繰り返される言葉。
 瞬く間に口の中が乾き、目が霞む。
 強く打ち付けたかのように頭がぐらぐらし、立っていられなくなって、平田は地面に座り込んだ。
 嘔吐感を、必死に押さえ込む。
 嫌だと、平田は強く思った。
 こんな高倉を見たくなかった。
 なぜ、皐なのか。同僚に夫もいるというのに。
 なぜ、皐なのか。他にも隊員は数多くいるのに。
 なぜ、皐なのか。なぜ、自分ではなく──。
 そこで、はたと、平田は気がついた。地面をつかむ腕が、哄笑するかのように激しく震える。
「俺、高倉さんのことが好きだったんだ」
 だからあの時、食欲を無くした。高倉の食事が食べられなかったからじゃなく、高倉に彼女ができたかも知れないとの恐怖心から。
 でもそれは、何でもないことになった。高倉が出張先から急遽戻り、特別料理を作ってくれたということで、自分が特別な存在だと思いこめたからだ。
 でも、今回はもう駄目だ。どんな特別料理を作ってくれても、自分はもう、特別じゃないことが判ってしまったのだから。
「俺って、すごい子どもだ……」
 悲しすぎて、平田は涙を溢すことさえできなかった。
■ ■ ■
 余裕があった昼とは打って変わり、憔悴しきった表情で食事も摂らず部屋へ引きこもろうとした平田を、すんでの所で池上は捕まえた。そして自分の住居である調理班のチーフルームへ引っ張ってきて問い詰めたところ、意外な理由を告げられたのである。
「俺、高倉さんが好きだったみたいなんだ」
 高倉の気持ちを知る池上からすれば、喜ばしいことだった。いくら告白しないと決めていても、両思いと知れば、高倉もその態度を軟化させるに違いない。
 そんな喜ばしい告白をしたはずの当の平田は、沈痛な面持ちで顔を伏せている。
 なだめすかしてやっと聞き出したのは、平田が公園で目撃した事であった。
「そんな、高倉さんが……!」
 池上は、声高になる言葉を必死で飲み込む。高倉が愛人だなんて事は、絶対にあり得ない。自分から告白しない理由は教えてくれなかったが、平田と女性との結婚の選択肢を少しでも潰したくないというのが理由だろうと、予想している。それでいて他の誰かと交際する器用さを持ち合わせていないだろう事を、池上は感じていた。
 それに、相手が野田皐というのは、池上からすれば、さらにあり得ない事だった。公私をしっかり切り離しているので目立たないが、野田夫妻の熱愛ぶりは隊内でも一位二位を争えるほどである。
 その皐と高倉がつきあっているというのは、絶対にあり得ない話なのだ。でも、それをどう説明すれば良いのか、池上には思いつかなかった。高倉の事情は第三者が話していい事ではない。
 皐の状況を説明しても、高倉の事情がわからなければ平田の疑心暗鬼を深めるばかりである。
 弱り切った池上は、互いに落ち着くための何か飲み物を取りに、平田をそのままに部屋を出て行った。
 
 
 池上の後ろ姿を見送った平田は一息吐くと、床に座り込んだまま、力なく側のソファにもたれかかる。
 何度も迷惑をかけてしまい、池上に対し申し訳なく思っていた。
 そして、それ以上に自分を情けなく思っている。
 脱したと思っていても、まだ、完全な克服に至っていないのだ。
 映像を使った催眠による、隊への反逆。
 隊員によるテロという醜聞は未然に阻止され、思考への呪縛は解かれていても、未だに思考が支配され続けている。
 また、同じ事が起こったらどうしよう。
 時折、わき上がる不安。それを振り切れないほど、弱い心。
 不義を咎めるよりも、先に沸き立った感情は嫉妬。
 盗られたという思いへの、嫌悪。
 鎖を断ちきれない自分への、諦念。
「頼ろうとしただけで、好きじゃ……」
 つぶやきに平田は声をつまらせる。違う、と全身が己の声を否定していた。
「やっぱり、好きなんだ」
 投げ出すように、頭をソファのクッションに預ける。
 そうすると、体が重力に引かれて、地球の裏側まで落ちていけそうな気分になっていた。
 このままずっと、ずうっと落ちて、消えて無くなれたら。
 そうしたら、きっと、楽になれるのに。
― 続 ―

あとがき
 2007/11/25のイベントで、合同誌として出させていただいた本の、廣田の作品を再録しました。
 この回は筆が滑りすぎて、前後編となった回です。家庭内手工業の製本では、増ページに限界がありました(笑)
 
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